うつ病・自律神経失調症の新説 ~気功師の体験から~

 

 
 
 
 

なぜ漠然とした不安や恐怖の感情が押し寄せるのか?

 
うつ病や自律神経失調症の人は不安や恐怖などのネガティブな感情が頭から離れない、またはその感情に飲み込まれてしまい感情がコントロール不能になるという状態になることが多くあります。
 
ではなぜそのような状態になるのでしょうか?
 
心の中をみてみた時に特定の心配や恐怖を喚起する原因・要素が明確にある場合は、当然ながら心配・恐怖の感情が出てくることでしょう。
それは人間であれば誰しも防衛本能的にそうなるものであり、自然な反応であると言えます。
 
しかし、心の中を見渡して見た時に特定の原因がないということもあります。
それなのになぜか色々なことが心配になったり、イライラしたり、腹が立ったり、怖くて仕方なくなったり・・・それが短時間ならともかく長時間それが続いて頭から離れない状態になる、自分で感情をコントロールできなくなるというのは一体なぜなのでしょうか?
 
これには波動的な観点からはっきりと説明が可能です。
 
まずは常識的な脳の機能についての見方を改めることをしなければなりません。
特に右脳はその機能の90%以上が眠っていて活用されていない状態になっています。
なぜ、そうなっているのか先端科学でもまだはっきりとその理由が分かっていません。
 
本当の右脳の働きは多様な周波数(波動)をキャッチする受信機的な機能を司るところなのです。
テレビでいうアンテナ的な役割です。
 
私たちは3次元という周波数帯に存在しており(=意識のチャンネルが設定されており)、五感を通して感じ取っているものを「現実」として認識しています。
しかし、実際には五感で認識できない領域というのもまた「世界」として存在しているのであって、「認識できないこと」イコール「存在しない」というわけではありません。
 
右脳の機能の内3次元の世界を認識するための必要な部分は活動しているのですが、それ以外の周波数帯を認識するための機能は眠ったままになっているのです。
 
私はその理由を、人間を作った神々がその能力を封印しているためと真面目に考えています。
しかし、それについて述べていくことは主旨に外れてしまいますのでここでは語りません。
 
封印されているとはいえ中には、大半の人が眠っているその機能が一部活性している人もいて、その人は3次元を超えた別次元にアクセスし、認知・知覚することができます。
その人は気功師、ヒーラー、霊能者、超能力者、聖人などの肩書きを持ってこの世では活動しています。
これらの人々は普通の人が認識できない領域にアクセスすることができ、そこから力や情報を引き出すことができます。
 
つまり、右脳というのは異次元への扉なのです。
 
右脳の機能は開発すれば一部が動き出すのですが、大半の人はそのようなことを知りませんから死ぬまで3次元を超える世界を認識することはなく、ようやく死という肉体を脱ぎ捨てるイベントを経験して初めてその一端を認識することができるのです。
 
私たちがいるこの世界は眼に見えない周波数(波動)が飛び交っています。
自分が認識できないから「存在しない」と思うのは間違いです。
テレビやラジオの電波など眼に見えない周波数(波動)が存在していても、それを拾うための受信機(テレビやラジオの本体)がなければ解読できないのと同じです。
 
テレビ 
 
例えばTBSの電波が飛び交っているものの、それを拾って情報を解読するテレビがあって初めて番組が見られるわけです。
見えないし、聞こえない、感じられないから存在していないのではありません。
 
テレビ局やラジオ局の電波・短波だけではなく、空には人の念というものも飛び交っています。
多くはネガティブな念で、憎しみや怒り、恐怖や心配、悲しみやむなしさ・・・それは様々です。
どこかの誰かが別の人に対してそのような思いを抱いていると、その念は空に放射されます。
 
私たちは生きていると、知らず知らずの内に飛び交っている人の念を受信してしまいます。
その拾ってしまった念、思いを脳が解読します。
すると、脳は拾ってきた思いを自分自身の感情と同じように解読してしまい、理由もないのにイライラする、腹が立つ、悲しくなる、不安になる・・・というような感情を私たちは感じてしまうのです。
 
私が日々気功治療をしていますと同じような現象が起こります。
気功治療は術者と受け手の間の共鳴現象ともいえるのですが、受け手であるお客様が強い心配を持っている場合、術者の私の心に急に心配の念が湧きおこってきます。
いきなりこれまでどうでもよかったことが気になり始めるのです。
私は自分のこの心の動きがお客様の気(エネルギー)を受けたために起きたものであることを知っているため、お客様に「何か心配がおありですか?」と尋ねると「なぜわかるのですか?」と返事をもらうことがよくあります。
 
また、駅のホームや電車の車内はネガティブな念を持った多くの利用客がいるため場がよくありません。
普段穏やかな気持ちで過ごしていても、そのような場に行くと「なんだか知らないけど急に腹がたってきた・・・」というような気持ちの変化が起こることがよくあります。
 
これなども場のエネルギーを拾ってしまったがために、心にネガティブな感情が起こっているのです。
 
「人間は感情の動物」と言われますが、その感情は私たち自身で作り出しているものと、外部からのエネルギーによって自分が反応してしまったものと2通りあるわけです。
 
私たちはこのように無意識に見えないものの影響を受けつつ生きています。
 
私たちの感情が行動の判断基準になるとすれば、ネガティブな感情に振り回されていてはまともな判断をするのが難しいということにもなります。
 
「どうして私は自分がやろうとしたことが裏目裏目に出てしまうのだろう。」こういった人も多いかと思いますが、だいたいネガティブな感情を抱いたまま判断しているとろくな結果にはなりません。
 
よい人生にしていくためにはネガティブな感情のエネルギーを拾わないようにすることが重要であるということがわかります。
 
では、どうして人は見えない人の念を拾ってしまうのでしょうか?
 
私たちの「見えない身体」(オーラ)にはこれまで生きてきた様々なネガティブな感情のエネルギーが蓄積されています。
誰も順風満帆に人生なんの憂いもなく生きてきたという人はいないでしょうから、大なり小なり色々な悩みを抱えつつ人生の様々な局面を乗り越えて現在があるわけです。
そうした苦難の局面では私たちは様々なネガティブな感情(不安・恐怖・悲しみ・恨みなど)を抱きます。
そうした思い・感情が強ければ強い程、そのエネルギーは強力で、自分でストレスをうまく解消しエネルギーを放出できていれば問題はないのですが、そうでない場合はその感情のエネルギーを自分で抑圧してしまいます。
 
自分の中に溜め込んだネガティブな感情のエネルギーは同種のエネルギーを引き寄せますので、それを脳が受信してしまうのです。
 
その結果、ネガティブな人はどこまでも人生がネガティブな色合いになってしまいますし、一方楽天家の人生はネガティブなエネルギーに足を引っ張られることなく、思うことが現実化しやすいのです。
 
うつ病の人はとかくネガティブな感情に飲み込まれそうになりますが、それが自分自身で生み出したものか、そうでなく外からのエネルギーによって自分が反応しているだけなのか、その瞬間に一呼吸おいて冷静に自分を客観視する視座を持つだけでいくらかは抗うことができるものです。
 
 
 
 
 
 
 
 

 

ページ先頭へ